ガッパー編集部

【読書感想文】福島県の歴史散歩

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【読書感想文】福島県の歴史散歩



福島県というのは地理的に見ても、豪雪地帯で日本の原風景が残る南会津や、古くから城が置かれ、都市として栄えた中通り、奥羽山脈にかかる白河に、西に阿武隈山脈、東に太平洋と面する浜通りと、実にダイナミックで山あり海あり山間平地ありです。チープな言い回しかもしれませんが、ロールプレイングゲームの舞台をどの都道府県にしたら面白いか考えたら、福島県は5指に入るでしょうね。

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というわけで、太古の昔からすみよい土地として多くの人、民族が覇権争いをしてきたため、福島は各地域ごとに特色ゆたかなのです。様々な文化が生まれては消え、あるものは現在まで残り、あるものは史跡としてのみ、その姿をとどめる。実に密度の高い、歴史的にめちゃくちゃ面白い土地です。

歴史的に見ても、西日本が古くから朝廷がおかれていたのに対し、福島県を含む東北地方は陸奥と呼ばれ、長らく未開の地でした。未開というのはあくまで権力側の人間から見てであって、古くから人々が独自に自立して生きてきたわけですが。それは浜通りや中通りで相次いで発掘される縄文遺跡や古墳群からも明らかです。白河と勿来(なこそ)には関所が置かれていたので有名ですが、これも目的の一つにエミシの南下を防ぐためであったといわれています。そして時代は下って、政府と戦った戊辰戦争。福島は自立心と反権力という、英語で言うBad Assな精神が宿っているように思えます。ですからヒップホップやレゲエ、ロックをこよなく愛するという方は、福島県を訪れてみてこう思うことでしょう。町のそこかしこに、隠しきれない反骨の気骨がにじみ出ていると。おとなしくなるばかりが人間、能じゃない。そう思っている方にこそ福島に一度は訪れて欲しいですね。

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そのあふれる自活心は、農産物とエネルギー資源の供給という、ひとつの小さな国家にすらなりえる資質を備えるのに至ります。ことにエネルギー産生にいたっては、江戸時代には豊富な森林資源を生かしての炭焼きで炭を、昭和の始めには阿武隈山系の相馬市の炭鉱によって石炭を、そして昭和後期には越後山系の奥会津にダムを作り、ほかにも三春ダム等、県内各所にダムを建設して水力発電を、海岸線には一基の火力発電所と2基の原子力発電所を建設して首都圏に大量の電気を供給するにいたります。縁の下の力持ちといえば聞こえはいいですが、首都圏からの要請があって自然を切り崩しているわけですから、やはり政治の敗北という感は否めないところでしょう。これからはグローバル社会ですから注意しないと、その首都圏の電気を使った産業すら海外に我田引水されるリスクもあるわけですから、なおさら、ただのお人よしとして資源供給を拡大するわけには行かないでしょう。そんなのはただのたかられ屋です。今こそ福島県民が元来持っていた反骨心といい意味での猜疑心を、全国民が持つべきだと思っています。

伊達市霊山(りょうぜん)町の八雲神社と熱田神社は向かい合うように建っており、合同で開かれる例祭、長岡天王祭では八雲神社の祭神であるスサノオノミコトと熱田神社の祭神であるヤマトタケルノミコトの2柱が合体するという珍しいものです。このモチーフは男女の営みを連想するものであり、この地域一体の者に多産を促す意図も多分にあったろうし福島県は農業と養蚕、今風に言うとアパレルが地域の発展の礎でしたから、このような少子化対策、多子化戦略というのは、水耕による稲作、養蚕、そのどちらにも若い労働力が必要であったことがうかがえるし、それを考えると現代は職業の知識労働化が進み、誤解を恐れずに言えば子供は使い物にならない社会となったことも少子化の一因と思わせます。長岡天王祭は今でこそ日本古来の伝統の姿を伝える史跡的な価値という認識が主ですが、当時はこの祭りが地域の若い男女の出会いの場としての用途が大きかったのではないかと筆者は思っています。スサノオノミコトは「八雲立つ 出雲八重垣 妻篭みに 八重垣作る その八重垣を」と、夫婦で安全な住居で住もう。という意味の歌を詠っていますからね。あなたも意中の異性を連れて、この伊達市霊山の長岡天王祭に出かけてみてはいかがでしょう。2柱の合体を見てよい仲になり、結婚をしたら当時の男女を同じアプローチをしたことになると思います。「ほらごらん。福子。八雲神社と熱田神社のご神体だよ。」「あらほんと。素敵ねえ島男さん。・・って、エッ!?くっついちゃった~」そして二人は見つめあい・・というような感じでしょうか。

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歌舞伎というと東京などの都市に特有のものという印象もありますが、ここ福島県にはいまでも郡山市中田町柳橋地区に伝わる柳橋歌舞伎と、奥会津の群馬、新潟県境の桧枝岐村に伝わる檜枝岐歌舞伎が残っています。柳橋歌舞伎は農民が収穫に感謝するために地元の菅布禰神社に奉納するもので、約300年前の江戸時代中期に始まったとされます。農業というのはそもそも誰がその土地を活用して生産し、地元地域に還元するのかという政治権力の世界でもありますので、この歌舞伎を開催することでみずからの能力の高さを誇示し、中央の文化である歌舞伎の演目を地元の住民に見せることで、今で言うテレビや映画のように都会や異国の様子に思いをめぐらせるという、今で言うエンターテイメントメディアの役割をそのまま持っていたのではないでしょうか。事実、柳橋歌舞伎で上演されている演目は、「義経千本桜」や「菅原伝授手習鑑」、「仮名手本忠臣蔵」と、福島ではなく他地域を舞台にした歌舞伎でお馴染みのものです。

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大正時代末期から昭和時代初期までは、南会津各地で祭礼の奉納芝居などが演じられていましたが、現在も残る地歌舞伎は県重要民族文化財に指定されている檜枝岐歌舞伎のみです。人口1000人に満たない檜枝岐村が一座をいまだに保持しており、このように地歌舞伎が残っているところに歴史のロマンを感じます。豪雪地帯で交通の便も厳しく、近世の開発にもなかば取り残されたからこそ、この何世代にもわたったスパンで人を魅了し続ける文化が保護され、今また脚光を浴びているという点は、時代の流転によってトレンドが変わり、そのままの姿で再び評価されるという世の中の常をすら現しています。しかも都会での歌舞伎というのは周りをビルディングや幹線道路が取り囲み、往時の風景と一体になった歌舞伎の風情というのは残念ながら再現しきれません。その点、檜枝岐の地歌舞伎の舞台の周りは江戸時代とほとんど変わらぬ鬱蒼と茂った越後山系の深い森林の緑です。その澄んだ空気と、人を少し不安にさせすらする静けさの中で執り行われる歌舞伎の精神性こそは、まさに生ける文化財といえるのではないでしょうか。私も来年行こうと思います。

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浜通りと阿武隈山は恐竜が発掘されたりと自然のアドベンチャーがある土地柄。神俣駅から北へ5kmにあるあぶくま洞は、阿武隈山系最高峰の大滝根山(1192m)の東麓にある鍾乳洞で、およそ8000万年という途方もない年月をかけて、この世のものかと思うほど神秘的な空間が広がります。あぶくま洞から程近い仙台平の東斜面にあるのが建谷屈(たやのくつ)通称鬼穴です。鬼穴の名前の由来には歴史ロマンがありますのでご紹介します。桓武天皇が延暦13年(794年)に平安京に遷都し、続いて蝦夷征伐を行いました。坂上田村麻呂を征夷大将軍として派遣したわけですが、その軍隊と、建谷屈を本拠とする地方土豪、大多鬼丸の軍隊が戦い、勇猛な最期を遂げたことから鬼穴と呼ばれます。巨大権力が新たに統治するということは、同時に土着のリーダーが統べる文化を終わらせることであり、敗れたほうの文化、価値観は、あるものは新たなリーダーに受け継がれ、あるものは永遠に消えていってしまいます。もしもう片方が勝っていたらという歴史のIfを考えるのも楽しいですし、敗れた大多鬼丸の魂が千年以上もの間建谷屈で人知れず眠っていたと考えると、破滅の美というか、なんともいえぬ叙情を感じるものです。私だけではないと思いますが、こういった「敗北の歴史」を伝える史跡を見るのは大好きです。アミューズメントパーク化していなくて空気が渋いというのも理由の一つですし、小規模の土着の民族というのはえてして土地の自然を深く理解し、環境をなるべく保護する方向で生きていたものです。その価値観が歴史の闇に葬られ、ただ史跡のみに「今はほろんだが、昔はこんな民族がのどかに暮らしていたのだ。」という姿に思いを馳せるのが魅力なのです。エコやロハスといった、むさぼらずに足るを知る思想が見直される最近は、さらにその魅力と示唆を増してきているものでしょう。


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