サブカル

【読書感想文】ヴェニスに死す/トーマス・マン

bannermisaki

【読書感想文】ヴェニスに死す/トーマス・マン




本日のモデルは、桜川紗弓さんです!
桜川さんのブログへはこちらからどうぞ☆

そんなこんなで皆様ごきげんよう、中村です。
本日の読書感想文は、トーマス・マン氏の『ヴェニスに死す』です。

『ヴェニスに死す』(ヴェニスにしす、 Der Tod in Venedig)は、ドイツの作家トーマス・マンの中編小説。1912年発表。


<あらすじ>
20世紀初頭のミュンヘン。著名な作家グスタフ・フォン・アッシェンバハは、執筆に疲れて英国式庭園を散策した帰り、異国風の男の姿を見て旅への憧憬をかきたてられる。いったんアドリア海沿岸の保養地に出かけたが、嫌気がさしてヴェネツィアに足を向ける。ホテルには長期滞在している上流階級のポーランド人家族がおり、その10代初めと思われる息子タージオの美しさにアッシェンバハは魅せられてしまう。やがて海辺で遊ぶ少年の姿を見るだけでは満足できなくなり、後をつけたり家族の部屋をのぞきこんだりするようになる。様々な栄誉に包まれた「威厳ある」作家である彼は、こうして美少年への恋によって放埒な心情にのめりこんでいく。だが、ヴェネツィアにはコレラが迫っていた。滞在客たちが逃げ出し閑散とする中、しかしアッシェンバハは美少年から離れたくないためにこの地を去ることができない。そして、少年とその家族がついにヴェネツィアを旅立つ日、アッシェンバハはコレラに感染して死を迎えるのであった。

(ウィキペディアより引用)

フランスの「パリ」ってよォ……英語では「パリス(PARIS)」っていうんだが、みんなはフランス語どおり「パリ」って発音して呼ぶ。

でも「ヴェネツィア」はみんな「ベニス」って英語で呼ぶんだよォ~~~。
「ベニスの商人」とか「ベニスに死す」とかよォーー。

なんで「ヴェネツィアに死す」ってタイトルじゃあねえーんだよォオオォオオオーーッ。
それって納得いくかァ~~~、おい?オレはぜーんぜん納得いかねえ…。

なめてんのかァーーーッ、このオレをッ!イタリア語で呼べ!イタリア語で!
チクショオーーー、ムカつくんだよ!コケにしやがって!ボケがッ!

最近は『ヴェネチアに死す』ってタイトルの翻訳本もあるよ!やったねギアッチョ!!
ジョジョラーが過剰反応するタイトルの一つ、『ヴェニスに死す』です。

上記のあらすじを簡単に纏めますと、
グスタフ・フォン・アッシェンバハという著名な作家先生が旅先で美少年タージオに一目惚れしてストーキングするお話です。
大体合ってる。



この物語の中で、アッシェンバハはボートでヴェネチアへと渡る訳ですが、
この光景は三途の川やアケローン川の話と重ねて描かれているように感じます。
この話の舞台はイタリアなのでどちらかというとアケローン川の方ですかね。ヨーロッパ版三途の川。

アケローン川は実在する川なのですが、
古代ギリシア神話ではカロンという渡し守が死者の魂をこの川の先にある地獄へ渡すとされています。
ダンテの『神曲』でもアケローン川は地獄との境界であるとされていますね。ついでに聖闘士星矢にも出てきます。

アケローン川を渡る方法なのですが、確か死者はカロンにお金を払わないといけないんですよね。
で、お金が払えない魂は順番待ちしないと運んで貰えない。

それらを踏まえてアッシェンバハのこのシーンをアケローン川の神話を重ねて見た時に、注目したいのがこの場面。

そして小銭がなかったので、桟橋のとなりにあるホテルへ入って行った。そこで金をくずした上、思いどおりの賃金をこぎ手に払うつもりだったのである。玄関口で用向をすませて、戻ってくると、手荷物は波止場の手押車にのせてあったが、ゴンドラと船頭は消えてしまった。

<中略>

「旦那はただで乗っていらしったわけだ」

『ヴェニスに死す』より引用

アッシェンバハ、お金払ってない。
イコール、アッシェンバハはまだ”死の国”に受け入れられていない?
だから、潟の腐ったようなにおいの充満するヴェネチアに留まりたくないと感じている??

補足ですが、このシーンの少し前でアッシェンバハはこぎ手と絡めて”冥府”という単語を使用しています。
そしてもっと前ではこうも書かれています。

なぜならいつでもその都は、光り輝きながら彼を迎えたからである。しかし空と海は相変わらずにごってなまりのようで、時々霧のような雨が落ちてきた。そして彼は、水路を行く時には、今まで陸路をとって近づきつつ見いだしたヴェニスとは、ちがったヴェニスに到達するのだ。

『ヴェニスに死す』より引用

この明らかに川の存在を強調している様子や、上記にて述べた”冥府”という表記から
やっぱりこのシーンはアケローン川を意識して描かれたんじゃないかなぁと思っています。



他にも、この神話を多少なりとも意識していたんじゃないかと思うものが一つ。
それが、イカロスです。

ダイダロスとイーカロスの親子はミーノース王の不興を買い、迷宮(あるいは塔)に幽閉されてしまう。彼らは蝋で鳥の羽根を固めて翼をつくり、空を飛んで脱出したが、イーカロスは父の警告を忘れ高く飛びすぎて、太陽の熱で蝋を溶かされ墜落死した。

(ウィキペディアより引用)

アッシェンバハはタージオに神に近い美しさを感じており、作中では神そのものとして形容する事もありました。



タージオに近付き過ぎてしまったが為に、死んでしまったアッシェンバハ。
太陽に近付き過ぎてしまったが為に、死んでしまったイカロス。



何か似ているとは思いませんか?

更に、上記の事柄を全て紐付けるとするならば、アッシェンバハにとって

———-
タージオ=神=太陽
———-

となります。
太陽の神様といえばアポローン。
そしてアポローンは、詩歌や音楽などの芸能・芸術の神でもあります。

アッシェンバハはタージオから芸術的な刺激を受け、詩歌を生み出していました。
しかもアッシェンバハの職業は作家・芸術家です。

偶然にしては出来すぎているような気がするのです。



『ヴェニスに死す』。映画化もされているのですが、タージオがマジで美少年。
これはストーカーもしたくなると納得の美少年。
是非画像検索してください、本当に美少年なので。

『ヴェニスに死す』は、一回読むのがムリだと思うとそれ以上読み進めるのが本当に大変だと思うので
そういった方はタージオ目当てで映画版を観るのも良いかもしれません!
因みに私は映画版観ていません!!美少年観て満足しちゃったてへぺろ



以上!読書感想文でした!!

友達にも社畜を教えよう

fresh-baner

Return Top